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目が不自由ということは

目が不自由というと全く見えないと想像する方はいませんか? 一言で目が不自由と言っても全く見えないから、見える範囲がとても狭くて見えにくいと言った場合や、中心部分が見えなくて見えずらい場合、あるいは白く反射してまぶしいなど様々です。

通常の見え方 見える範囲が狭い 中心部に欠損がある 白く反射している

わたしたちは、見ることによって情報の多くを得ています。目が見えない、あるいは見えずらいと、字の読み書きや日常生活、歩くことが難しくなります。人生半ばで視覚に障害を生じた場合、その事を受け入れ新しい生活を始めることは大変です。しかし、見えないことは、何も出来ないことではないのです。

音声がでる機械を利用したり、見る以外の音や手触り、匂いなどを利用する方法を練習し習得することで、見えないことを補い生活することができます。盲導犬との歩行もその一つです。わたしたちは普段、何気なく周りの様子を見ながら歩いています。目を使うことによってまっすぐ歩き、信号を判断し交差点を渡り、今、自分がどこにいてどの方向に進めばいいかを判断します。

この「見る」と言う情報が限られた場合は、視覚以外の音や匂い、足元の変化などの情報を集め歩くのです。その他、盲導犬は様々な目の変わりになる情報を伝えてくれます。(盲導犬の役割をご参照ください。)しかし、盲導犬がいても信号の判断をしてくれるわけでも、行きたいところへ連れて行ってくれるわけでもありません。

もし、盲導犬が、カーナビのように知らない場所へ行き先さえ言えば連れて行ってくれるのなら、目が不自由でなくても多くの人がほしいと思うでしょう。目の不自由な人は、自分が行きたいところまでの地図を頭に描き、盲導犬に指示を出しながら歩くのです。信号の判断も目の不自由な人が、主に車の音を聞いて青か赤かを判断します(進行方向に車の音が流れていれば青、左右に流れていれば赤)。

もし、白い杖か盲導犬を伴った目の不自由な人が立ち止まって困っているような場面 に出会ったら、乗り物の中で席を譲るような気軽な気持ちで、「何かお手伝いは必要ですか?」と、声をかけてください。しかし、場合によっては、援助が必要でないときもあります。

必要でなかったからと言って落ち込むことはありません。次に目の不自由な人に出会ったときに、この経験を活用して困っていそうかどうか判断し、声をかけてください。困ったときに周りの人がすぐに声をかけてくれると思えば、目の不自由な人も気軽に外出できるようになるのです。